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2018.04.16 センター事業 レポート 

新潟市環境部環境政策課「教員向けESDに関する講習会」の開催に協力

 新潟市環境政策課では、学校などにおける環境教育の推進の一環として「ESD環境学習モデル支援校」制度を設け、市内の小学校より希望校を募り、支援を行なっている。今年度のモデル支援校の「教員向けESDに関する講習会」の開催に際し、関東地方ESD活動支援センターへ講師のご相談を頂いた。新潟市のご担当の方と、講習会の趣旨やご参加される方のニーズをお伺いし、伊豆市天城中学校の元校長の大塚明氏をご紹介し、講習会を実施した。



【実施概要】
・日時:平成30年1月22日(月)15:00~16:45
・場所:新潟市役所
・対象:「ESD環境学習モデル支援校」の担当教諭
・講師:大塚明氏(伊豆市天城中学校元校長、ESD-J理事)
・主催:新潟市環境部環境政策課

 
 講義内容については、大塚氏と新潟市で事前に調整した上で、大塚氏の企画で進行した。まず同じ学校の先生が重ならないように、3~4名のグループをつくり、グループ内で自己紹介を行なった。その後、大塚氏の講義を聞きながら、2色の付箋紙に「いいね」と「質問」を書いてもらった。
 
大塚先生によるESDの講義
 ESDは正解のない問いに対して、みんなで考えるもの。今日お話するのは、私の取り組んだ一つの例であって、これを真似すれば良いというものではない、という気持ちで聞いて欲しい。
 最初はESDについて良く分からず、何をすればESDなのかも分からなかったが、直感的に良いなと思ってはじめた。当時138名の学校の校長をやっていた。田舎の学校なので明るく素直な子どもが多かったが、受身であったり、全国学力調査でも自尊感情(自己肯定感)が低い数値になっており、それを解決するためにESDをはじめようと、教員と話しあって決めた。子どもたちが自信を持てなかったら、将来に対する夢や希望も持てない。夢は、全ての学びの原動力であり、これをしっかり育てなければ、どんなに良い授業をしても駄目だろう。

 こどもたちに「将来どこに住みたいか?」を訪ねたところ、9割以上の生徒が東京や横浜に住みたいと言っていた。天城と言う素晴らしい自然、文学者が多く訪れる歴史・文化などがあっても、それを知らず故郷を捨てて、都会に出たいと思っている。だからこそ大人になる前に、それを十分に味わせたいと考えた。
 当時の学習指導要領に「持続可能な社会」という言葉が頻繁に出ており、ESDが潮流にも合っており良いと思った。ESDの「開発」の意味が理解できず、ESDの世界的な潮流(歴史)を調べたり「沈黙の春」、「成長の限界」なども読み、1992年のリオサミットの、当時12歳の少女セバン・スズキが国連の会議で行なった伝説のスピーチも聞いたりした。
 
 ~セバン・スズキのスピーチのビデオ上映~
 (「セヴァン スズキ リオサミット 伝説のスピーチ」等で動画検索してください)
 
 持続可能な社会づくりに関わる課題を自分から見つけて、それを解決するために必要な能力・態度を身につけること。ESDを、「持続可能な社会の担い手を育てる」と捉えなおすと、学校では分かりやすい。ESDで大切なキーワードは「つながり」。天城中でやったことは以下の3つ。
 
1:体験
2:Think globally act locally
3:地域を持続可能な社会にする
 
 日本の地方都市が少子高齢化で衰退している問題も、ESDで解決に向かうと思っている。具体的にやったものとしては、体験を通じて地域の良さを知り、地域の人とつながり地域の大人の考えを聞き、地域の課題から未来像を描くようにした。良さを知ると課題にも気づく。それをどうしようと、子どもたちが自ら考え行動する。ESDでは行動まで求めている。こうした事を通じて地域に誇りを持ち、周りの大人に認められて自尊感情も高まっていく。これらが「生きる力」(=自信を持つ)につながっていく。
 今までやってきた総合の時間を生かしながら、ESDの視点を組み込んでいく。それとともに、教育活動全体を「持続可能な社会の担い手づくり」という視点で見直すこと。各教科と総合のつながりを見直し、クロスカリキュラム化(=ESDカレンダー)していく。天城中では、総合の時間を「天城学習」として地域の様々な事を調べる。例えば鹿の食害について学ぶが、こちらが教えるのではなく、子どもたちが体験を通じて自ら学んでいく。
 やがて地域の課題を解決することが、世界の課題解決につながることにも気づき、そうなると学習意欲も変わってくる。修学旅行も、単に神社仏閣を京都・奈良に見に行くのではなく、世界遺産を持続可能な文化と捉えどのように残しているかなど、テーマを定めて見学する。そのことで修学旅行が劇的に変わった。福祉体験や自然体験、職場体験などを通して3年かけて学んだことを基に、自ら課題を見つけそれを追究し、最後に発表会で伊豆市長や市の職員に向けて提言を行う。市長からの講評で「市の職員に採用したい」という言葉をもらい、さらに自信につながった。
 
 
参加者によるワークショップ
 大塚先生の講義を受けて、各人が付箋に書きとめた感想・疑問を、各グループごとで共有化した。

 
大塚先生によるまとめ
 自分の学校でESDに取り組むには、どういう方法があるかを考えてみてほしい。「学校のある地域の宝は何ですか?」これが、ESDに取り組む際の、一つのヒントになると思う。それをどう活かすか。また「子どもの抱えている課題」を解決するために、ESDを使ったらどうだろうか、というのが私の提案。私も、学校が抱える自尊感情が低いという教育課題を解決するためにESDを使ったのであって、ESDのためにESDをやった訳ではない。手段としてESDに取り組んでもらえれば、本物のESDが出来るのではないかと思っている。
 
質疑応答

Q:学校のESDの取り組みを、保護者や地域に向けて、どのような発信を行なったか?

A:それは大事なこと。地域の人に、学校は今、何を目指して取り組んでいるのかを知ってもらうことが、地域を味方にすることでもあり、ESDが続くことにつながる。先生が入れ替わっても、地域が黙っていられない状況を作ること。PTAの総会で取り組みを紹介したり、学校評議員に職員研修に加わってもらったりして、地域の意見も聞きながら教育課程を作っていった。
 

Q:地域の宝でやっていくと、毎年同じような活動になって、マンネリ化してしまう点もあると思う。新しいことをやっていかないと、活動しただけで終わりになってしまう。常に発展していけるようなヒントは?

A:天城中では、私が辞めた後も9年間続いている。何故これだけ続いてくれたのかを考えた時に、子どもたちとって、問いが連続していることが一つの鍵だと思う。やっていくうちに、新たな問いが生まれてくる。同じ地域の宝をやっていっても、教師が課題を教えていたのでは子どもたちの中に問いは生まれない。体験を通して自ら疑問とか問いを見つけていくようにすることが大切。様々な地域で、祭りや文化など、地域の宝が持続不可能になっていると思う。そういったところに子どもたちが課題を見出し「何とかしたい」という気持ちが生まれるように、火をつけてやる。「こうしなさい」では子どもが主体的にならないので、先生方も一緒になって考えるというスタンスが大事。明確な答えがある訳ではないので、「何を答えても良いんだ」という安心感を与えてあげることも大事。それがあれば、自分の考えをドンドン発表できるようになる。
 

Q:補助金があるうちは良いが、それが無くなっても続くような、持続可能な形にするには?

A:学校経営者として一番肝になる部分。当時はユネスコスクールになると、研修旅費などが出た。校長は資金稼ぎをしなければならなかった。企業の出す教育奨励賞などにも応募した。今では、市にお願いしてある程度の予算を確保してもらっているそうだ。
 
 
まとめ:伊藤博隆(関東地方ESD活動支援センター)

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